聖霊降臨後第10主日 礼拝
今週の「つどいの祈り」: 永遠の裁き主である神様。あなたは正義を愛し、抑圧を憎まれます。あなたは真理を熱く願い、それを伝えるために私たちを召し出されます。あなたの僕や預言者たちに倣い、私たちの信仰の先駆者であり完成者であるイエス・キリストを見上げつつ、この世の争いと欲の犠牲者たちの側に立つ勇気をお与えください。 救い主、主イエス・キリストによって祈ります。 ♪ アーメン
○聖霊降臨後第10主日 説教
エレミヤ23:23-29 ヘブライ11:29-12:2 ルカ12:49-56
「時を見分ける」
8月1日の夜、「デマと差別が蔓延(まんえん)する社会を許しません」と訴える街頭アピールが東京・新宿駅前で行われました。スピーチのために登壇した方の中に、髙井ゆと里(たかいゆとり)さんという方がおられます。彼女はここでのスピーチを依頼されてから、どのような発言をしようかと悩まれた結果、研究者であり、アクティビストでありクリスチャンである自分ができることは「祈ること」と言われて、短いスピーチの後で信仰を持たない方への配慮のことばを語られたのち、少しの間、私と祈りの時間を共にして欲しいと聴衆に呼びかけられてから、祈りを捧げられました。この祈りを聞いた時、私は今日の福音の日課を思い出しました。
《わたしが来たのは、地上に火を投ずるためである。その火がすでに燃えていたらと、どんなに願っていることか。しかし、わたしには受けねばならない洗礼がある。それが終わるまで、わたしはどんなに苦しむことだろう。あなたがたは、わたしが地上に平和をもたらすために来たと思うのか。そうではない。言っておくが、むしろ分裂だ。》(12:49-51)。ここで言われている分裂とは、主従関係の崩壊や誰もが自分勝手に振舞っても良いということではありません。もしも、力ある人が弱い立場の人に「文句を言わずに、言うとおりにしておけばよい」と命令したとします。何も知らない人が、この二人の関係をみれば争いも無く平和に見えます。けれども、いつも命令ばかりされている人の心の中には、屈辱や命令をする人に対する憎悪、悪意があるかもしれません。もし、そうであればこれは真の平和ではなく、見せ掛けの平和。いびつな関係です。
《父は子と、子は父と。母は娘と、娘は母と。しゅうとめは嫁と、嫁はしゅうとめと、対立して別れる》(12:53)とは、それぞれが家族という一つの枠にあっても、個別の自由な存在であることを示しています。天地創造のはじめに、極めて良いと神が満足されていた頃の世界の姿は、一つ一つのものがその固有の命の輝きをもち、互いにその命を尊ぶことができていました。ところが、人は神のようになりたいという誘惑に負け、罪を犯したときからその関係を破たんさせてしまいます。
この壊れてしまった関係を修復するために、主イエスはこの世に降られたのです。十字架という苦しみを神自らが担うために。これは、私たちに対する神の愛そのものです。私たちは、この神の愛の業を知ることによって、“神と私”という関係に招かれていることを知ることが出来ます。そして、この天地を貫く縦のラインがはっきりと構築されることによって、地平における“あなたとわたし”という関係を祝福の内に築くことが出来るのです。
主イエス・キリストはご自分の十字架での死をはっきりと悟り、それについて語られながら、一歩、また一歩と歩みを進めつつ、聞く耳を持つ者たちに、神がこうまでして私たちに悟らせたいこと、それに耳を傾けるように促されているのです。つまり、主は神が求めておられる真の平和とは、単に揉め事や争いが無い状態ではなく、一人ひとりが自由であり、他の誰からも抑圧されること無く、神との正しい関係を生きている世界。そして互いの違いを認めつつ、共に生きる/生かされる世界なのだと。 (岡田)


《 来週の礼拝 》
#8月24日 午前10時30分 聖霊降臨後第11主日 礼拝
*司 式:河田礼生牧師
*説 教:河田礼生牧師「善い言葉が働く日 」
*奏 楽:滝田裕美さん
*聖書朗読:小川敦子さん
*礼拝当番:楢戸恵子さん
*聖 書:イザヤ 58:9b-14 (旧1157), ヘブライ 12:18-29 (新418),ルカ 13:10-17 (新134)
* 讃 美 歌:149番、324番、讃美歌21 561番

