August 24, 2025

8月24日「今日の礼拝堂」

聖霊降臨後第11主日 礼拝 今週の「つどいの祈り」:神様。御子は、病める者をご覧になり、憐れみ、癒されました。今、御前に集う私たちを、福音によって励まし、助け、導き、主と隣人に仕える者としてください。  救い主、主イエス・キリストによって祈ります。 ♪ アーメン ○聖霊降臨後第11主日 説教(教区講壇交換 河田礼生牧師(恵み野教会・函館教会))     「善い言葉が働く日」                 イザヤ書58:9b-14、ヘブライ人への手紙12:18-29、ルカによる福音書13:10-17 わたしたちが教会に集まる理由は様々です。しかし、誰もがみ言葉を聞くために集まっているのではないでしょうか。それが主の教える安息日です。 イエス様はある安息日に会堂で教えられていました。これはつまり礼拝です。わたしたちのように、イエス様も安息日には会堂で礼拝を守られていたのです。それゆえに、この時もイエス様が共にいてくださっているといえます。さて、会堂には病に苦しむ女性が来ていました。そこでイエス様は「婦人よ、病気は治った」と言葉をかけ、癒されます。会堂に集まっていた群衆はこの出来事に「自分も治してもらえる」「自分を悩みから解放してくれる」と、希望を見出したことでしょう。この癒しは私たちにも希望となります。 しかし、その教会の会堂長はイエス様のみ業を見て、「安息日に治してもらってはいけない」と群衆たちに言うのです。彼は教会の秩序を守るために、そう言う必要がありました。モーセの十戒に定められた安息日は当時の教会において、重んじられなければならない戒めだったのです。なぜなら、律法を遵守する事で、人々は神様の民であり続ける事できたからです。出エジプト記の31章には「だれでもこの日に仕事をする者は、民の中から断たれる。」「必ず死刑に処せられる」と安息日を破った場合の罰則も規定されています。それゆえに、会堂長は安息日を守るように伝えたのです。イエス様のみ業に腹を立てたのは、自らの会堂で安息日が破られたゆえに、神様の民から外されてしまう恐怖があったからです。会堂長はこの会堂を守りたいという責任感と親切心から語りかけたのです。 しかし、彼は本当に良いものを理解していませんでした。それは安息日が、仕事をしてはいけないという以上に、神様の祝福を受けることを求められている日であることです。忙しかったり、煩わしさの中で祝福を受けることがおろそかになってしまうから休むのです。 私は神学生のときにこの恵みを実感する経験をしました。神学生になると、日曜日には教会で実習を行うようになり、休む暇がなくなってしまいます。すると不思議なことに、教会でみ言葉を語っているのに、むしろみ言葉からはどんどん遠のいているように感じたのです。そこで私はみ言葉を受けることを求めるようになり、実習後に母教会の夕礼拝に向かうようになりました。実習で忙しくなるほど、休んで神様の祝福を受ける安息が必要だとこの身に実感したのです。 神様は確かに七日目に休まれたけれども、それだけでなくその日を祝福する働きをされました。むしろ安息日にこそ、神様の祝福は働いています。それはイエス様の語るみ言葉であり、「婦人よ、病気は治った」という祝福の言葉です。 教会にくると、奉仕やお仕事でますます疲れたり、煩わしさを感じることもあるかもしれません。忙しくて1日働かずにいる事は難しい事でしょう。しかし、礼拝の時間だけは是非、他の煩わしさから離れて、神様のみ言葉から祝福を受け取って過ごしましょう。その時、私たちは神様の喜びへと迎えられます。安息日にイエス様によって癒された女性も、イエス様のみ言葉を受けることで、神様を賛美する喜びへと招き入れられました。 あなたは今日ここで、み言葉による心と体の癒しを受けました。イエス様の祝福、良き言葉があなたに働き、あなたを解き放ちました。共に神様をほめたたえましょう。アーメン。         《 来週の礼拝 》                               #8月31日 午前10時30分 聖霊降臨後第12主日 礼拝 *司  式:岡田 薫牧師*説  教:岡田 薫牧師「報いを望まずとも 」*奏  楽:滝田裕美子さん*聖書朗読:清水美年子さん                                                                               *聖  書:箴言 25:6-7a (旧1024), ヘブライ 12:18-29 (新418),ルカ 14:1,7-14 (新136) * 讃 美 歌:213番、293番、讃美歌21…